
インタビュアー:プロ人材機構高橋啓
「人生100年時代」と言われる今、多くのシニアが役職定年などの制度下でやりがいを見失っています。そんな停滞感を打ち破り、異なるフィールドを次々と切り拓きながら、今なおエネルギッシュに社会課題へ挑み続ける経営者が、SOSEITech株式会社の秋谷貞男氏です。
二度の自宅全焼やリーマンショックという壮絶な逆境をいかに突破し、新たな価値を創造し続けられるのか。プロ人材機構 代表 高橋啓が、秋谷氏の波乱万丈な半生から、これからの時代を生き抜くシニアの真髄に迫りました。
秋谷 貞男(あきや さだお) SOSEI Tech株式会社 代表取締役社長。ゼンショー、半導体商社を経て2008年に独立。訪問鍼灸マッサージ事業と広報PR支援事業を展開。「弱者の戦略」を掲げ、中小企業や福祉業界の価値を世に届ける「匠のPR職人」。 趣味は神輿を担ぐこと。
■大企業の下請けで苦しむ中小企業を救いたい。使命感からの独立

高橋啓(以下、高橋):本日はよろしくお願いします。秋谷さんのご経歴を拝見すると、非常にユニークでいらっしゃいます。最初は「すき家」を運営するゼンショーに入社され、その後、まったく畑違いの半導体商社(現ゼンショーホールディングス)へ転職されました。そして2008年に独立されていますが、その背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
秋谷貞男氏(以下、秋谷):私は半導体商社で15年間、マーケティングやセールスに従事していました。そこで目の当たりにしたのは、「この国は結局、大手は何もせず、下請けであるハイテク中小企業が身を粉にして頑張っている」という現実でした。高い技術を持っているのに、大企業に搾取されてしまう。そんな仕組みを変えたい、「大企業の下請けとして頑張っている中小企業を支援したい」という強い使命感が芽生え、2008年にエレクトロニクス関連の中小企業の設計開発支援を行うSOSEITech株式会社を設立して独立したのです。
高橋:なるほど。しかし、2008年といえば……。
秋谷:ええ。独立したその年に、リーマンショックが直撃しました。見込んでいたビジネスモデルは一気に吹き飛び、仕事が全くなくなってしまったんです。エンジニアはどんどんリストラされ、景気は最悪でした。とにかく生計を立てなければならないので、バックアップソフトや、歯のホワイトニング装置の販売など、できることは何でもやりましたよ。
高橋:起業直後の最大の危機ですね。秋谷さんはご自身の半生で、小学校の時と独立後の期間と、計2回の「自宅の全焼」も経験されていると伺いました。
秋谷:そうなんですよ。実家の火事などで全焼の試練を2度も味わいました。でも、だからといって腐って立ち止まっている暇はありません。何とか生きていかなければいけない。そこで、ハードウェアの経験から辛うじて医療機器(ヘルスケア)系に可能性を見出し、国が在宅医療を推進し始めたのを機に、2013年に厚労省管轄の在宅医療介護の世界に参入しました。それが、現在の事業の柱の一つである「訪問鍼灸マッサージ」です。
■「良いサービスが知られていない」から始まった、50代でのPRへの挑戦

高橋:訪問鍼灸マッサージとは、どのようなサービスなのですか?
秋谷:75歳以上の方であれば、医療費として1割負担で受けられるサービスです。1回400円から600円程度で、国家資格を持ったプロの施術者が自宅まで訪問してくれます。高齢者にとって非常にお得でメリットのある、社会的に意義の大きいサービスなんです。
高橋:それは素晴らしいですね。しかし、もう一つの柱である「広報PR支援」とは全く違う分野に見えます。なぜPR事業を始められたのでしょうか。
秋谷:きっかけは現場での強い「歯がゆさ」でした。訪問鍼灸マッサージは国に認められた健康保険が使えるサービスにもかかわらず、本来の対象である高齢者やご家族の2割程度しかその存在を知らなかったんです。自らメディアに露出して、サービス自体の認知を広げる必要がありました。また、私が支援したかった日本の中小零細企業も同じです。彼らは高い技術や良いサービスを持っているのに、PR(PublicRelations)を余りにも知らなさすぎる。「良いものを作れば売れる」という職人気質ゆえに、マーケティングや広報の知識を持たない経営者が多いのです。
高橋:そこで、ご自身でPRを学ばれたのですね。
秋谷:はい。私自身は会社員時代にマーケティングの経験はありましたが、本格的なPRを一から学ぼうと「PR塾」に入塾しました。コロナ禍で資金繰りに苦しむ中小企業を見て、これからは広報PRがブルーオーシャンになると確信したからです。そこで徹底的にノウハウを学び、現在は自社のマッサージ事業の認知向上だけでなく、資金が潤沢ではないスタートアップや中小企業、福祉業界に向けて「弱者の戦略」としてのPR支援を行っています。例えば、マッサージのお客さんだった全盲の西郷光太郎さんのプロモーションを手掛けました。彼はお城巡りが好きで自ら甲冑を作って活動されているのですが、私がPRを支援したことで地方メディアに次々と取り上げられ、最終的にはNHKの全国放送での取材に繋がりました。
■思考停止に陥るシニアへの警鐘。「自らの意思で生きろ」

高橋:困難に直面するたびに、社会の課題を見つけ、自ら行動して道を切り拓いてこられた秋谷さんの生き方は、まさにシニア世代のロールモデルだと感じます。一方で、現代の多くのシニア層について、秋谷さんはどのような課題感をお持ちですか?
秋谷:一言で言えば、「思考停止」になってしまっている人が多すぎます。今の世の中、60歳でキャリアを終えるには人生は長すぎます。人生120年時代と言われる中で、まだ半分ですよ。それなのに、会社から早期退職や役職定年と言われると、みんな縮こまってしまう。先日も高校の同窓会があったのですが、起業しているのは120人のうち5人ですよ。みんなそこそこの大企業に勤めてきた連中ばかりで、結局65歳まで会社にぶら下がろうとしている。給料が半分になって、同じ仕事をさせられても、文句を言いながら会社に残るしかないんです。それは、大企業の看板の中で外の世界を知らず、「言われるがまま」に生きてきたからです。
高橋:厳しいご指摘ですが、確かに耳が痛いビジネスパーソンは多いと思います。
秋谷:彼らが悪いわけじゃないんです。そういう仕組みの中で「奴隷教育」されてきた結果なんですよ。でも、だからといって、その状況をただ受け入れて、帰り道の居酒屋で愚痴を言っているだけでは何も変わりません。今の世の中の常識を疑い、自分の頭で考えることが必要です。私は幸いにして独立し、自分の意思で会社をやり、ビジネスを作ってきたから気づけたのかもしれません。もしずっと会社にいたら、私も言いなりになっていたかもしれない。でも、少なくとも問題を先送りする人生は送りたくないし、1回しかない人生なんだから、自ら行動して変わらなきゃいけないんです。肩書きなしの「無名の期間」を作って、副業でもして、実社会で実力を試してみることをすすめます。
高橋:自らの意思で行動し、社会と関わり続ける。それがこれからのシニアに必要なことですね。
秋谷:ええ。例えば地方では、シニアの経験を活かせる場がまだまだあります。彼らが地域に馴染み、楽しそうに活躍している姿をPRの力で広めていきたい。言葉は悪いですが、今の日本は本当に「使えるシニア」が少ない。だからこそ、自ら課題を見つけて動けるシニアが増えていかないと、日本社会そのものが困ったことになります。私はこれからも、現場の延長線上で自分にできることを一生懸命やっていくつもりです。
高橋:秋谷さんの力強いお言葉から、私たちも大いに勇気をもらいました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

【編集後記:高橋啓の視点】
インタビューを通じて痛感したのは、秋谷さんの圧倒的な「当事者意識」と「行動力」。
彼は、多くの人が見過ごしてしまう社会の歪みを自分事として捉え、即座に動く強さを持っています。その背景にあるのは、二度の火災やリーマンショックという凄絶な逆境に直面しても、決して腐ることなく「今」を創り続けてきた執念です。
彼を突き動かしているのは、高尚な理念や座学の知識ではありません。目の前の課題に対し、毎日を一生懸命に生き抜いてきた「地続きの決意」そのものです。看板に頼らず、思考停止を拒み、社会のために汗をかく。その生き方こそが、不透明な時代を生き抜くシニアのロールモデルであると確信しました。